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2007年3月27日 (火)

ちょっと真面目に、しめくくり。

…というかんじで、つれづれなるままに、超私的記録として備忘録として綴ってきましたこのブログ。

BABYが生まれてきて1ヶ月たったこのあたりで、いったんお休みしようと思いマス。

BABYの記録は別ブログで趣向を変えてつけていくので(http://coto-chan.cocolog-nifty.com/blog/)、そっちでは言えないあんなコトこんなコトを叫びに、ときどきこちらへ来るかもしれませんが…。

ぶらりと遊びにきてくださった方、自己満足的な文章を読んでくださった方、なんのお構いもしませんでしたが、長々とおつきあい、ありがとうございました!!

ちょっとだけ振り返ってみたりすると、本当にイロイロなヒトのおかげで、HAPPYな妊娠&出産体験をできたなぁとしみじみ思いマス!!

環境や出会い、健康面など本当にめぐまれていましたっ…能天気なワタシにイラッとしながら見つめてくれていたヒトには、きっと迷惑かけていたと思うけれど…

こういう時代で、妊娠・出産にまつわるネガティブな情報は黙っていても入ってくるし、それも現実ではあるのだけれど、それよりも何よりも、まず「自分たちの家庭に、カワイイ赤ちゃんがやってくる!!」ということのシアワセをイメージしてほしいと思ったりします。

それがあるのが大前提で、それがあるから多少のネガティブ情報なら「あーらよっ」というかんじで乗り越えられるものなんだと思うのですよ。

まぁ、ワタシもBABYを胸に抱いて初めて実感として言えることですけどね。

痛いのコワイとか子育てできるか不安とか高齢出産とか、リスク管理(?)のために知るべきこともあるけれど、そのネガティブ情報だけでビビッてたり、二の足をふむこたぁないんですよ、きっと。ネガティブの度合いにもよりますけどね。

喜怒哀楽溢れる“にんぷな日々”のその先に、ハッピーが待っている!…これが、率直な「元にんぷの気持ち」、デス。

Don't woory, be happy!!

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2007年3月26日 (月)

出産後の号泣

スケジュールに追われながらの入院中、突然「お七夜」モンダイが浮上しました。

ワタシの実家サイドはまったくアタマになかったのですが、オットの母は、ひいおじいちゃんにより毛筆の「命名・○○」の紙を飾って(さらに田舎ではこの紙をご近所にも配るらしい…「何枚必要ですか?」と聞かれ、そのイミがわからなかった我が家とは大違い…)、お赤飯に鯛のお頭つきでお祝いする(らしい)、お七夜。

うーむ。ちょうど退院の日がそれにあたるから、「どうしましょう?」。と、ワタシに聞かれても…オットの母は何につけてもそうなのですが、「イベントごとに何をするか」のモンダイ提起はするものの自分の希望は口に出すことなく、「あなたたちの好きなようになさい」と我々に引導を託される。

しかし。戌の日などの時とは違い、ワタシは入院中の身&オットは仕事で忙しくて、出産日以来BABYとの面会もできないで働いている状況の中、いったいどうやって、ふたりで話し合って決めることができるというのでしょうかっっ??

病院で気軽に電話やメールができる環境でもないなか、退院日は迫っているという状況に追い詰められたオレ。

実家の母と両家の希望・都合などの「落としドコロ」を探って公衆電話で話していたら、ムショ~に悲しくなって、号泣(またかよ…でも出産後はこれが最初で最後だったかな)。

大仕事を果たして一番ゆったり休むべきワタシが、なにゆえ一番気を遣って、睡眠時間けずって退院の日のイベントをだんどらなければならないのかっ??

そもそもBABYのあれこれについてオットにゆっくり話してあげる時間もとれないままに、退院後すぐ外野に取り囲まれなければならないのか??…と切なくなった結果のナミダでした。

結局、退院前日にオットが面会時間内に病院にかけつけBABYと会え、入院生活の様子もワタシからたっぷり聞けたので、退院の日は無事「お七夜」的イベントで両家が集うこととあいなったワケですが。

ワタシの感覚では「もっと早く言ってよねぇ~!」な顛末。

まぁ早く言いたくても、「無事産まれてからでないと、言えない」…義母も“良かれと思って”の結果なのでしょう。またこれが、ややこしィ~。

ワタシが号泣する姿(いちおうナースステーションには背を向けて、声をしのばせていたつもりだが、ばっちり見られてました…)を目撃した優しい助産師さんたち、あとから口々に「さっき泣いてたケド、どうしたのっ??」と気にしてくれました…。

ナースステーションから見える光景をしては、かなりシュールですよねぇ。エレベーターホールの公衆電話で、早朝から号泣する入院患者。カラダの痛みを逃すために、椅子に正座というスタイルで。しかも、ホルスタイン柄のパジャマ着用。

ど~も、お騒がせしましたっ。

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2007年3月25日 (日)

ああ、孝行息子!②

入院中から動き始め、退院翌日に納品したお仕事のハナシ。

下調べや予定稿は妊婦時期にもやってました。たとえムダになったとしても、リスクマネジメントとして必要だと思って。

えぇ、えぇ、ホントのところ内心ヒヤヒヤで、予定日すぎてからというものの、「今日陣痛が始まって明日産まれたら、退院日は○日だから…」と納品日までの動きと自分の作業内容のシミュレーションしまくってましたョ~(汗)。

結果的には、ほんとぉぉぉぉ親孝行な息子が、絶妙なタイミングで出てきてくれて、助かりましたぁ~!!!

忙しいとはいえ、母子別室で時間の捻出できた入院時期と、身体的精神的にまだまだヨユウのある(=睡眠不足で疲弊しないでいる)退院翌日までに、短期集中して作業ができましたっ。

自分でも笑っちゃうぐらいスムーズに納品。出産後のお仕事は退院の翌日(産後7日目)にして復帰第一号(早っっ!!)、無事終わりました~♪

クライアントの担当者もヒヤヒヤしてたかもしれませぬが、何とかなるものデスねぇ。

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2007年3月24日 (土)

カラダの驚異的(?)回復

「産後のひだち」ってよく言われますが、実際のトコロどーなんでしょーねぇ。

というのも、ワタシがすんごく早く回復したから、ナニをそんなに「大事」にしなければならないのかがピンとこないんですねぇ。シアワセなことに。

出産時の出血が少なかったとか、切らなくてすんだとかラッキーなことが重なったのかな~。入院中は「ホチキス」が痛かったり、いまだかつて経験したことのない腰痛もあってヨチヨチ歩きだったけど、退院時にはすっかり元通りってかんじでした。

体重も、なんと入院中に妊娠前の数値に戻ってました!!

もともと体重増加量が少なかった(+7キロ)、BABYがおっぱいをよく飲んでくれるってこともあるでしょうが。

のびきったオナカの皮はまだポヨポヨで、オモシロイ…。これは、もとに戻るの??

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2007年3月23日 (金)

究極のオンナの園?授乳室

不思議な空間デス、授乳室というものは。

いろんなママがすっぴんで、いろんなおっぱいをさらけ出して、生まれたてのBABYと対峙する場所。

いやまさしく「対峙」ですョ、あれは。

ちっちゃなちっちゃなBABYにまず与えてあげられる、おっぱい。母親としての役割を果たすために胸の張りや発熱や痛みを乗り越えなければならない。そりゃあ出産の痛みに比べればたいしたことないけど、まわりのお母さんとの“出”の違いやBABYの飲みっぷりの違いに焦ったりすることも。

でも基本的には胸をさらけ出している者同士、自然と気持ちもオープンなかんじになり(笑)、不思議といつでも誰とでも話は盛り上がりますねぇ。

手慣れたものの経産婦さんもいれば、もちろん初産婦も。出産・育児に関しては歳の順が必ずしも経験値の順ではないであろう…年齢もさまざま。

でもそこには、年齢を言い合わなくても住所や職業を教え合わなくても、BABYのことを中心に自然と話が盛り上がるクウキが確実にありました。経産婦さんにイロイロ教えてもらいましたぁ~。

ただし、おしゃべりに夢中になるあまり、ずらりと並んだ赤ちゃんを間違えないように…!!(ワタシ、一回だけ間違えました…うちのBABYはいつも大人しく待っていてくれるので、動きの少ないコを目指して抱きあげたら…別のコでした…)

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2007年3月22日 (木)

ホルスタイン柄でミルク要ラズ

入院時の必要なものリストに「長めの前開きパジャマ 2,3枚」とあったので、素直なワタシはあらたに1枚買いましたョ。

いかにも~な「THE☆マタニティパジャマ」はイヤだったので、散歩がてら雑貨屋さんを覗きながら探すこと数日。あんまりないんですよね~。

で、半分時間ぎれで「まぁ、いいか」と選んだのがホルスタイン柄。けっこうその柄では有名な(?)雑貨屋さんで、そのときは「牛」とか「ミルク」とか深く考えずに。

そして入院してホルスタイン柄を着たとき、ワタシは初めて気がついたのデス。「今はおっぱいを出すのが仕事のワタシは…ま~さ~に~ホルスタイン状態!?」

…はい。そうでした。ホルスタイン=牛=乳を出す…という関係性に気付けば買わなかった(と思う)ギャグのようなパジャマ…着てしまいました…。

さらに、よりにもよって、ワタシはBABYがよく飲んでくれることもあり、授乳室のメンバー中ぶっちぎりで「お乳がよく出る☆ナンバーワン」。自分でも、カラダを張ったギャグとしか思えません!!!!

まぁ、でも「お乳が出ない~」とシクシク泣いているママもいるなかで、ワタシは最後のほうは粉ミルクでの補充が全く要らないほどの“ホルスタインぶり”、有り難いかぎりっす。

最後にはそのパジャマ着て、「ど~も~ホルスタイン○山で~す」と面会客に自虐的な挨拶してました。

「お乳がよく出るおまじない」として、ホルスタイン柄のパジャマ(写真参照)が流行るかも!?(あぁ置き撮りってムズカシイ…意味なく花なぞ置いてみたりして。ボトムは別のパジャマのものを流用しましたっ)

P1010040_1

BEAUX-ARTS http://mo-on.com/b-arts/

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2007年3月21日 (水)

スケジュールは分刻み!?

出産翌日に授乳が始まってから、入院生活は想像以上に忙しいものとなりました!

母子別室とはいえ、3時間おきの授乳×7回が一日の流れの軸となっていて、その合間に食事やシャワー、「沐浴講座」などのレクチャー、面会客のお相手をこなしていたら本当に「ああっ!」という間に消灯時間(21時)。あー忙しい。

携帯での通話・メールも「談話室内」に限って許されていたので、友達への出産報告などを携帯メールでポチポチ打つのも結構時間かかったしなぁ。病室でメールやっちゃってるヒトもいたけれど(しかも夜中に…結構響くんだけどっ)、オトナとしてはルールを守りたいし。

でも日中に使える時間はホント限られていたから、寝られないときには真夜中のトイレにこもって携帯メールの下書きを打ってました。ナニやってんだか、オレ。…寝られない理由のひとつは、隣のベッドの人のメール打つ音だったりもするってぇのに…。

産後3日目からは、こっそり仕事のやりとりも入ってきたりして(笑)。退院翌日が〆切りのネットの仕事があったんですねぇ。

初孫にデレデレの父をそそのかして病室にノートPCを導入&ネット接続してもらったのも、忙しくて面会に来ることができないオットにBABYの最新写真を送ってあげるためだけでなく、あわよくば仕事のやりとりに使えれば…との目論見があったことをココに告白シマス…。

クライアントの担当者も、若いのに理解ある(よくわかっていないだけ?)独身男性だったので、やりとりがかなり生々しいもの(“これから授乳なので、いったんネット切ります!”とか…)になるのも嫌がらず、「産婦人科あて」に資料を送ってくれたりと、有り難い限り。

さすがに宅配便だとあて先が伝票に残るからか(経理処理のとき彼にあらぬ疑いがかかりそう…)、郵送でしたが。

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2007年3月20日 (火)

安産☆認定

授乳室で、ある助産師さんから突然声をかけられました。

「○○さん、安産で良かったわねぇ~」…その瞬間まで自分が安産だったか難産だったかと改めて考えたことがなかったので、一瞬ぽか~ん…。

その助産師さん、そういえば、ワタシが母親学級で貧血を起こした前科を目撃したお方。

どうやらその母親学級以来、ワタシは「お産の実録ビデオを見て貧血を起こした=血に弱い要注意妊婦」としてマークされていた模様。そりゃそうだ。

「ヒトのお産見て貧血起こすくらいなら、さぞかし陣痛の現場で大騒ぎになっているに違いない…!」と、ついにワタシが入院して陣痛室の主になっていた間、気にしてしょっちゅう見にきてくれていた&ほかの助産師さんに「○○さん、どぉ?」と様子を聞いてくれていたみたい。

どーも、すみませぇ~ん。

でも、思いがけずワタシがケロッとしてて、陣痛室のテーブルにチョコボールの箱を並べて嬉々としていたり、オットとゲラゲラ話してたりするから拍子抜けしたみたい。

ほかの助産師さんも「○○さん?へーき、へーき」と言ってくれていたみたい…いやいや、結構痛がってたんデスけどねぇ。

で、陣痛室にこもっていた時間は長かったけど、分娩室に入ってからは1時間足らずのお産=安産。

貧血起こすどころか出血の少ない、「安産」。

断末魔のような叫びをあげることもなく、最終局面の痛みはなかった「安産」。

といったところが認定理由でしょうか。あらためて「そっかぁ、ワタシは安産だったのかぁ♪」とプロのお墨付きに喜ぶワタシ。

友人たちへのメールでも「公式記録22時間32分ながら“安産”でしたっ♪」と報告。未婚・未出産な友人たちは、こぞって「22時間かかって、安産…!?」と恐れおののいていましたが(笑)。

BABYのおかげ、皆さんのおかげ…有り難いことでございますぅ。

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2007年3月19日 (月)

「だれに似てるか」論争

どこも同じかと思いマスが、「だれに似てるか」「どの部分が○○の家系だ」とか、外野はそれぞれの想いを込めつつ好き勝手に言いますねぇ~。

お顔は毎日変わっていく実感があるので、まだ何ともわかりませんが…顔の全体的な雰囲気はワタシ似。ぱっちりおめめはオット似、でもひとえはワタシ似。決定的なところで言うと福耳はオット似(ワタシ、耳たぶないんデス…)。ってなかんじです。

そういえばオットは分娩室で、まずアタマが出てきたとき耳たぶを確認したそうな。それゆえ息子誕生後のひと言目が「耳たぶがある!」。…で、それを聞いた助産師さんは「…そこ??…」と思ったそうな。そりゃ、そうだ。

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2007年3月18日 (日)

破水犯の弁明

そういえば私、陣痛室で破水したんです。助産師さんの手で。

これはワタシの途切れ途切れの記憶のなかでも確かな感覚で残っているし(話では聞いていたけれど、ホントに“破れる音”がぷちっとするんですな)、オットも、その瞬間助産師さんが(“やっちゃった”的ニュアンスで)「あっ」と言ったと証言するので、実際そうだと思うのですが(笑)。

ぷちっと音がして、本当にドバーッと水が出て、痛みにこらえながら下着やシーツの交換をして…だからと言ってスグ分娩台へ、とはならないのがまた不思議なのだが…。

その破水が少しはお産をすすめてくれたのかもしれないし、助産師さんにとっては「よくあること」なのかもしれないけれど、ワタシの中では、その助産師さん(肝っ玉風。依存していた方ですね)が「破水犯」であることに間違いない事実。

で、出産後の授乳室でBABYとその“破水犯”助産師さんと3人で触れ合う機会があったときに「ほ~ら、この方がキミの袋を破ってくれたおひとだよ~」と紹介したら、「違うわよー!このコが勝手にアタマで破ってきたのよー!!」と容疑を否認してました…(笑)!

そりゃあ、最終的には、BABYが勝手に出てきたんでしょうケド…??容疑者否認のまま、「生命誕生の神秘」という名のこの事件、迷宮入りデス!

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2007年3月17日 (土)

「出産まぢかっ!」指標の不思議

長時間陣痛を経験してつくづく思ったのは、よく出産のときの指標として語られる「子宮口の大きさ」「陣痛の強さ・間隔」「赤ちゃんのアタマの位置」「破水」が、必ずしも連動していないんだぁ~という不思議。

そのために、妊婦が「こんなに痛いのにまだかっ??」とか「いつになったら子宮口全開になるのかっ??」とか痛みにまみれながら不安になるのでしょうねぇ。

いや、もしかしたらあれこれ複雑に連動しているのかもしれませんが、少なくともワタシが痛みのなかでナットクできる関係性は、見出せなかったデス。

ワタシの場合、陣痛室に2日間こもり、22時間を超えるお産だったのにも関わらず「安産」と判定されたのは、「子宮口の柔らかさ」ゆえにBABYが最後するっと出てきてこれたから、らしい。

これは自分の実感としてもあるのですが、最後は「気絶しそうな痛み」よりも、いきむたびに「BABYGがぐぐっとおりてきている感覚」がありました。これは、子宮口がのびのびしていて、そこでのストレス・痛みを感じなくてすんだからなのでしょ~。

妊娠中、おふろで毎晩「元気にするっと出ておいで~」とBABYに言い聞かせていた結果か、とにかく親孝行BABYだわぁ~!!

そういえば、最後の内診をしたドクター(これまで内診台のカーテン越しONLYだったゴッドハンド・ドクター)がワタシの子宮口だけで「経産婦さんですか?」と誤診(?)したほど。ゴッドハンドのお墨付きで柔らかかったワタシの子宮口もエライ(こういう時でないと自慢できないけど…っていうか自慢することぢゃないけど…)!!

よく高齢出産がタイヘンな要因のひとつとして「歳を重ねるほどに子宮口が貝のように固くなる」ということを聞いたことがありますが、そういう意味ではワタシの身体年齢は(精神年齢も)、まだまだ若くてピチピチ(死語?笑)ってことねっ♪

…なんか生々しい内容になってきた…?

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2007年3月16日 (金)

分娩台上の言いまつがい

分娩台の上でいきんでいると、左足がつったんです(このへんは冷静に記憶している)。

で、「左足のモモがつりましたっ」(ここは報告なので、丁寧語)と言うと、アシスタント役の助産師さんがすかさず左のふくらはぎをマッサージ。

それを見たもうひとりの助産師さんが「そこ、モモぢゃないけど?」と突っ込み。さらにワタシが「あ、いや、そこでいーんです」…あぁ、すみません。ワタシが言いまつがっただけなんです。まぁ、いきんだ時につりそうな場所は「モモ」<「ふくらはぎ」ですし、だれも何も言わないでやり過ごしてもいい、言いまつがい。

見ていたオットは「分娩台の周辺でも、ツッコミって入るんだぁ~」と、また新たな経験知を得たのでした…外では何の役にも立たないであろう、知識を。

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2007年3月15日 (木)

タメぐち妊婦の丁寧語

陣痛のクライマックスのとき、ワタシが超ためグチだったというのは前述の通りなのですが、そんななかでも時々(いつものような)丁寧口調が出るときもあった…らしい。

ワタシ自身も少し記憶があるし、オットの証言もあわせてみると、どうやら助産師さんに対して何かを報告するときは、丁寧語。それ以外は、タメぐちだった模様。

しかも出産の最終局面、いきんでBABYを迎えるための陣痛の波を、くる前に「キマス!」とご丁寧に事前報告していたワタシ。自分では、来そうだったから自然と「キマス!」と言っていた覚えがあるのだが、そんな事前報告は助産師さんにほめられたらしい。

うーむ。「報告・連絡・相談」が大事だと新人研修で学んだ気もするが、なぜ分娩台の上でまで…?…お人柄がしのばれますなぁ~(笑)。

<お知らせ>

BABYの育児日記というか成長記録を、別ブログで始めてみました。↓↓↓

http://coto-chan.cocolog-nifty.com/blog/

こちら同様、個人的記録色の強い自己完結型になると思いマスが、よろしかったら覗いてみてくださいな…♪(こっちのブログも、しばらくは続く…予定…)

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2007年3月14日 (水)

こぱんだ陣痛を逃す

陣痛室持ち込みグッズは事前にあれこれ想像をめぐらせて揃えましたが、今ふりかえって実際に「使えた~!!」と思うのは、”ぱんだの写真集”。

最近よくメディア露出している、中国四川省「パンダ保護研究センター」。そこで生まれた赤ちゃんパンダの様子を24時間ネット中継した企画の、関連本2冊。

もともとテレビで見た赤ちゃんパンダの、何とも言えない「ぬいぐるみ感」「むやみにダンゴになるオモシロヴィジュアル」「高いところからボテっと落ちる可愛さ」にやられていたワタシですが、それが集大成で紙媒体になっているのを見たとき、「痛みをまぎらわせてくれそうな気がするっ」と直感、即購入。

で、これが見事に大当たり!!

機械で測定した収縮の大きさ=痛みの強さは同じなのに、こぱんだを眺めているときは痛みがやわらぐ感じがしました。というか、痛みをごまかしてゲラゲラ笑っていられたのデス。おそるべし、こぱんだパワー。

よほどの動物嫌いとか、パンダにトラウマがある人でなければ、個人差あると思いマスが、陣痛室のお供にどうぞ♪(もちろん、普段使いにも♪)

「となりのこぱんだ」「となりのこぱんだ 生きざま編」 カーラ・カリーナ パンダプロジェクト 編 (アーティストハウス) 定価各1200円

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2007年3月13日 (火)

タメぐち☆妊婦

出産のときの痛みはすぐ忘れると聞きますが、ワタシも24時間後には忘れていた気がする…そして出産前後の記憶は飛び飛びだったり、曖昧だったり、まったく抜け落ちていたり。

ずっと一緒にいてくれたオットの証言で、後からあれこれ明らかになって結構オモシロイbutオソロシイ…。

オットによると、痛みが極限になったときのワタシは、助産師さんやドクターにタメぐちをききまくっていたらしい…(恥)!

奥ゆかしいワタシとしたことが(笑)…まったく記憶にないのよねぇぇぇ。

スパルタ系助産師さんの内診の痛さに耐え切れず泣いてしまった後、「今度は優しくするから内診していい??」と優しく聞いてくれた彼女に「いいわよっ」と高飛車に承諾したとか(内診を承諾した記憶は、ある)。

交代時間になって「じゃ、私もう帰る時間だから」とワタシのもとから去ろうとする肝っ玉系助産師さんに、「帰っちゃうのぉぉぉ~??」と追いすがったとか(肝っ玉さんにすごく依存していた実感と、追いすがった記憶は、ある)。

「ヒトは極限状況に置かれると、こうも豹変するものか…」と、日ごろのワタシの奥ゆかしさをよく知っている(笑)オットも、ニンゲンの奥深さを実感する経験だったそうな…。

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2007年3月12日 (月)

陣痛室の主となる。

予定日を1週間すぎていたこともあり早めの入院を許されたワタシ。

おそらくフツウだと「まだお家で待機してください」と言われるような陣痛の間隔ながら、土曜の早朝から陣痛室の主となったのでした。

そうはいっても陣痛は「なんちゃって」でなく本物と認定されたし、アタマはまだ下がってきてないけど一日病院をお散歩していれば…という感じで「今日の遅くか明日の早いうちにはBABYと念願のご対面ねっ♪」と、入院当初はヨユウしゃくしゃくでした。

で、結局まる2日いましたョ~陣痛室。病院食は土曜の朝ごはんから6食ぶんほぼ完食、その間ふたりの経産婦さんがワタシの隣をあっという間に通りすぎて、分娩室へ消えていきましたっ。

助産師さんたちも交代のたびに顔を出してくれて挨拶がわりの内診、「まだねぇ~」「アタマが遠い…」とシフトが7回ぐらいまわったかな。

日曜夕方に家族が全員集合して「迎え入れ準備万端っ」ムードまんまんになっても、「すみません、まだなんですぅ~」と何故かワタシが一番気を遣って、陣痛室2日目の夜の待機体制を考える感じ。

外が暗くなってきて、確実に強くなってきている陣痛を逃しながら談話室でみんなと夕食を食べいたころ、ハワイの土産話にゲラゲラ笑ってはいたものの、またも「先が見~え~な~い~」不安感に襲われたのか、突然号泣。

ナミダのきっかけはホストシスターの美しいウエディングドレス姿の写真@ハワイで、感動した幸福のナミダだったのですが、それがいつのまにか不安のナミダとなって止まらなくなった模様…謎。

結局、オットの指示で家族は家で待機(みんなそれぞれ睡眠不足だったし)いうことで解散。ワタシがオットと陣痛室へ戻るころには、もう陣痛3分おきくらいだったかなぁ。

その後、母親学級仲間(彼女は計画的な陣痛促進剤使用組…)が陣痛室に入ってきて、共に痛みに耐える呼吸を合わせていて暫し。ワタシには遂に「分娩室へ!」という助産師さんの判断=お許しっっが。陣痛室の主の座を譲り、分娩室へと向かうのでした(彼女はその後、ワタシ以上の「主」伝説を作り上げるのですが、その話はまた改めて…)。

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2007年3月11日 (日)

ブレない、助産師さん

助産師さんの仕事っぷり・人間っぷりには前々からリスペクト~なワタシですが、入院中に文字通りすべてをさらけ出し、いろいろお世話になった助産師さん達には一生足を向けて寝られません…(表現ふるい…)!!

今どき恵まれているのかな?三交替制で次々現れる助産師さんたちは、基本「頼れそう~」な雰囲気を根本に備えつつ、もちろんテイストは人それぞれ。「肝っ玉母さん風」「THE☆人格者」「丁寧な物腰系」「スパルタ系」「ぶっちゃけ系」…でも、プロとして凄いのは、その第一印象がずっとブレないでいること。

当然といえば当然だが、お産のスタートから経過観察・分娩台での的確な動き・産後の新米ママたちへのケアなどなどあらゆるシーンにおいて(しかもそのシーンは、本当に多岐にわたり重要かつ刺激あふれるものばかり!)、「スパルタ系」はあくまで「スパルタ」だし(でも時々ちょっと優しい…)、肝っ玉母さんは常に、そうあり続けてくれる。

今回の出産体験・入院生活がストレスフリーで大満足に終わったのは、8割方「ブレない頼りになる」助産師さんたちのおかげデス!!

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2007年3月10日 (土)

ありがとう!①

やっぱりオットのいてくれる週末に出てきてほしいなぁ~という希望が、ワタシのバースプランの中では最も大きかったのかな~我が息子は見事にその期待に応えてくれましたっ。

まぁ厳密に言うと出産は月曜日で、睡眠時間から言ってもその日オットは休みをとることになるのですが、ツライ陣痛タイム(土曜と日曜のまる2日ダ~!)をオットがそばで一緒に過ごしてくれ、とってもとっても助かったぁ~。

一番エライのは週末に出てきてくれた息子だけど、階段の上り下りにつきあったり、院内散歩中に突然「吐く~!」と叫ぶワタシのために袋を探しに走ったり、夜中まで付き添いたがる親や姉夫婦の交通整理をしてくれたり、痛みに唸るワタシの手を握り続けてくれ、迷っていた分娩室への立会いも貧血で倒れることもなく「立ち会って本当に良かった!」と受け止めてくれた優しいオット!!

本当に本当にアリガトねぇぇ~!!!!!

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2007年3月 9日 (金)

うまれたぁ~!!!

2007年2月26日 AM 2:29、3092グラムの男の子を無事出産しました。

ワタシもほれ、この通り元気に戻ってきて、やっとブログ更新=ご報告ができるようになりましたっ。

予定日より1週間おくれての出産、5日間の入院生活と日々を重ねていたら、なんとネットの仕事の〆切りが退院の翌日という状況になってまして…あは、あは。

そんなこんなを片付けていたら、すっかり更新遅くなりましたっ。

ブログのタイトルからするとココはもう卒業せねばならぬワタシですが、やはり妊婦としてのクライマックス☆「出産」の顛末はココでしっかり記録しておきたいので、カテゴリー新設です。っていうか、今日からはずっとコレです。語り尽くすまで、コレです。

よろしかったら、お付き合いを。

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